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こちらは、当サイトに寄せられた匿名投稿を元に
書き起こしたお話になります。
投稿者の方は非常に特異な体験をされたとのことですが、
それはどのような出来事だったのでしょうか…

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今日は私が旅行に行った時に体験したお話をしたいと思います。
これは今から2年前の5月、N県のとある旅館で体験した出来事です。


普段、仕事が忙しく中々休みが取れない私でしたが、運が良いことに
その年のゴールデンウィークは休みを取ることが出来ました。
仕事柄、普通の方々と同じ日程で休めない私にとって、人並みの休暇を
取れることは稀であり、とても浮かれていたのを覚えています。
きっと楽しい休暇になるだろうと、その時は思っていました。


せっかくの連休ですし、どこか旅行に行こう。
早速、私はネットで行き先を検索しました。
しかし、どこに行きたい等の目的も特にないので、
行き先は中々決まらず、時間だけが悪戯に過ぎていきます。

しいて条件を挙げるなら、静かな所が良い。
都会の喧騒や人ごみから開放されたいと考えていた私は、
あまり人が集まらない穴場を自然と探すようになっていました。

………

……




しばらく探すと、ひとつの情報が目に留まりました。


『雄大な自然に囲まれた明治創業の温泉旅館』


掲載されている写真も綺麗な山並みに美味しそうな料理。
何より旅館の雰囲気にも趣きがあり、とても素敵だと思いました。
しかし、これ程の旅館なので、さぞ宿泊料もお安くはないだろうと
思ったのですが、これが意外と安い上に、今からでも予約が取れる
というのです。

空き部屋は一つ。
残り一つなら、早く予約を入れないと、他の客に取られてしまう。
奇妙な強迫観念に囚われた私は、考えるでもなしに予約ボタンを
押してしまいました。


今、思えば何であんなに慌てて予約を入れたのか、自分でも良く分かりません。
もしかしたら、既にあの時から、何かが狂い始めていたのかも知れません。





旅行当日。
その日は生憎の曇り模様で、夜半からは雨が降るとの予報でした。
ですが、その旅館の温泉は屋内にあるらしいので、
天気はあまり関係ない、と考えることにしました。


新幹線から降り、ローカル線を乗り継ぎ、約1時間程。
その旅館のある田舎の町にたどり着きました。
町は過疎状態のようにも見え、あの旅館が宿泊費用を安くしてでも、
客を呼び込みたいと思う理由がなんとなく分かるような気がします。

そんなことを考えながら、しばらく歩いて15分ほど。
小高い坂を上った先に、その旅館は建っていました。

その時、私は奇妙な感覚を覚え立ち止まりました。
写真と違う…、そう思えたのです。


ネットで掲載されていた写真を見た時は、あんなに魅力的に見えたのに。
目の前に建っている旅館からは寂しさのようなものを感じたのです。
いや、これは寒気?
私は一抹の不安感を覚えながらも、予約を入れた以上は仕方がない
と思い、その旅館の門をくぐりました。


玄関に入ると、旅館の女将が直接出迎えてくれました。
とても人当たりの良い方で、旅館の内部の温かな照明と、
檜の良いにおいもあり、門をくぐる前に感じた不安は
すぐにどこかに吹き飛んだ感じがしました。


そして、その部屋へと通されたのです。


「それではお客様、ごゆっくりおくつろぎくださいね」


女将が部屋から出て行った後、私は部屋全体を見渡しました。
窓の外には確かにネットで掲載されていた通りの雄大な山並み。
これは見応えがある、と素直に感動しました。
部屋の装飾は平均的な和風のつくりで、壁には花が描かれた油絵が
額縁に入れられて飾られています。

更に部屋の右手には鏡台が置かれていました。
それはとても年季が入った立派な代物でしたが…

「なんだろう、この鏡。いやな感じがするな…」

そう思いました。
しかし、この鏡をどけてもらう訳にもいきません。
上着をかけて鏡を見えないようにしようとも考えましたが、
下手に傷つけて、弁償するという事態は避けねばなりません。
自然と私は、その鏡のある一角自体に目を向けるのを
避けるようになっていました。



その夜。
温泉につかり、美味しい懐石料理に舌鼓をうった私は、
上機嫌でのんびりとくつろいでいました。
値段の割には素晴らしいサービスばかりで、ここを選んだのは
正解だったなぁと思っていたのです。

しかし…

今考えると、どの点を見ても宿泊料が安くなる要素が見当たらない
というのは、逆に怪しいのですが…
浮かれていた当時の私はそこまで深く考えず、明日は朝一で
もう一度温泉に入ろうなどと、のん気に考えていたのです。


しばらくすると、仲居のおばちゃんが布団を敷きに
部屋へとやってきました。

「はいはい、今お布団を敷きますからね〜。ありゃ、お客さん
 もしかして東京の人かい?こんな田舎に珍しいね〜」


とても明るい方で、今東京はどんな感じか?
スカイツリーは今どのくらいの高さなのか?
などと矢継ぎ早に質問されて、私は少し困ってしまいました。
どうやら、とても話好きな方のようでした。

「そういえば…。お兄さんは良い人だから特別に教えてあげるよ。
 どうして、この部屋が安いのか、ね」


「俺もちょっと気になってました。こんなに良い部屋なのに、
 どうして安いんですか?まさか、これですか?」


私はふざけ半分で、手をだらんとたらすジェスチャーをとってみました。
所謂、幽霊を現すアレです。すると、おばちゃんが一瞬無表情になり…
すぐにまた笑顔に戻りました。

「いんや、そんなんじゃないよ。この部屋は元々従業員用の部屋
 だったのよ。お客さんが泊まる部屋じゃなかったのね、
 それで古い鏡とか置いてんのよ」


「なんだ、そうだったんですか…、俺はてっきり…」

「ただ、お兄さん。これだけは約束してね。夜中の2時くらいに、
 もし 『何かが聞こえた』 としても、絶対に答えちゃいけないよ」


「な、なんですか?それ…」

「それがねぇ、この旅館の従業員全員が昔から言われてることなのよ。
 詳しい理由は私も長年勤めたけど、よく分からないのよね〜」


「おっかないなぁ…」

「あはは、あたしらも仕事柄その時間帯まで起きてること多いけど、
 そんな変な声、聞いたこともないから安心して」


「なんだ…、おどかさないで下さいよー」

「お兄さん、意外と怖がりだねぇ。おばちゃんが添い寝してあげようか?」

「いえ、遠慮しておきます」


カラカラと笑いながら、手際よく布団を敷き終わると、
何かあったら呼んでね〜、と言い残し、仲居のおばちゃんは退室しました。


「何かが聞こえたら…、ね…」


私はふと部屋の一角にある鏡に目が行きそうになりましたが、
意識的に見ないように目を背けました。

「今日は、もう寝よう…」


まだ温泉の余韻で体が温かいので、今のうちに寝てしまおう、
と考えました。そして素早く布団の中に潜り込みました。
何も怖いことはない、夜中に目を覚まさなければ良いのだと
そう自分に言い聞かせながら。





ふと、息苦しさを覚えて目が覚めました。
布団越しから窓の方を見ると、障子の向こうは暗く、ざぁぁ…という
雨の音だけが響いていました。

私はビクッとしました。今…、今何時だ!?
枕元に置いた携帯の時間を確認すると…

1:57

え…

ほとんど夜中の2時じゃないか、まずい…
でも、大丈夫だよな、仲居のおばちゃん達も、この時間帯に
まだ仕事してるって言ってた。皆寝てる訳じゃないはず。

私は何も考えないようにしようと思い、布団をかぶりました。
すると…

「(おい、うそだろ…、なんだよこれ…)」

急に体が動かなくなりました。

「(金縛り!?)」

かろうじて目だけが動きます。私はいやな予感がして、
目を硬く閉じました。何も見えませんように…!
そう願いながら、強く目を閉じました。

しかし、私の近くに人の気配がします。
考えたくもありませんでしたが、その気配は鏡台のある一角から
こちらにゆっくりと近づいてくるのです。

「(くるな…、こっちにくるなぁ!!)」

しかし、気配は容赦なく近づいてきます。
そして…


『もし…、もし…、返事をして下さいまし…』


か細い声が聞こえました。
女の声です。私は全身の身の毛がよだつのを感じました。

「(うわぁ…、本物だ…、まずい、まずいぞ)」

『もし…、もし…、ぐすっ…、聞いて…下さいまし…』


女の声に悲しみが帯びているのをその声音から理解しました。
私は恐怖心を感じ、耳を防ぎたい衝動に駆られましたが
生憎と手は動いてくれません。

『もし…、もし…、あぁ、この人も私の声が聞こえない…』

…私は奇妙な気持ちになりました。
この幽霊は悲しんでいる、そして誰にも自分の声が聞こえない。
それはどんなに寂しいことなのだろうか、と…
不思議なことに、この幽霊が哀れに思えてきたのです。

『あぁ…、貴方はとても優しい人なのですね…。
 一言で良いのです、私の声が聞こえているなら、返事をして?
 お願い…』


私は思いました。もしかしたら、この幽霊は返事さえすれば
大人しく引き下がるのではないか、と。

しばらく考えて私は…



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